
わざとボケてるんじゃなく、天然ボケ。
カピーは看護師さんから

病室は305号室ですからね
と念を押されたにもかかわらず、レッサーと一緒に廊下を歩きながら、ついついおしゃべりに夢中になっていた。



レッサー、入院食ってさ、なんでこんなに薄味なの? 私なら絶対に醤油ドバドバ入れるのに!



それ入院してる意味なくなるからな
夫婦の掛け合いに夢中で、肝心の部屋番号など一切見ていない。
やがて目的の“はず”の扉の前に到着。何の疑いもなくカピーは勢いよくガラリと引き戸を開け放った。
――次の瞬間。
そこにいたのは知らない妊婦さん。部屋中の空気が一瞬で凍りついた。
「えっ……だ、誰?」



えええっ!? ここ305じゃないの!?
妊婦さんが冷静に答える。「ここは307号室ですけど」
カピーの顔がみるみるうちに真っ赤になる。慌てて両手をブンブン振り回しながら、まるでバラエティ番組の芸人のようにオーバーリアクションで後ずさり。



ち、ち、違います! 間違えました! なんでもないです! ごめんなさいっ!!
滑るように廊下へ飛び出すカピー。
廊下に出た瞬間、猛ダッシュ。看護師に呼び止められても聞こえないふりをして、まるで100メートル走の選手。スリッパのパタパタ音が廊下に響きわたり、すれ違う患者や見舞い客たちは思わず振り返った。
「何あの人!?」「全力疾走してるけど大丈夫!?」
「きっとトイレ我慢してるんじゃない?」と勝手な噂まで飛び交う。
その一部始終を後ろから見ていたレッサーは、肩を震わせて笑いを堪えていた。いや、堪えきれていなかった。口元がゆるみっぱなしで、ついには声が漏れる。



ぷっ……はははっ! カピー、最高だな!
やがて壁に手をつきながら息を切らして立ち止まるカピー。その背中をニヤニヤと見守りながら、レッサーはゆっくり近づく。



お前、病院でまでお笑い芸人やらなくていいんだぞ



ち、違うのよ! 本気で間違えただけなの!



そういうのを天然ボケって言うんだよ
カピーは悔しそうにほっぺを膨らませるが、その様子さえレッサーには愛おしくて仕方ない。
こうして305号室にたどり着くまでに、彼女は立派に病棟中の注目を集め、ある意味「病院のスター」となったのだった。
天然ボケは天性のもの


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