
妻の間違った非常食を食べるタイミング
夜。静まり返った寝室。

レッサー、防災グッズ……確認した?
妻カピーの低い声が、耳元で囁くように聞こえた。



え、今!? もう寝るとこなんだけど



確認して
暗闇の中、布団から顔だけ出したカピーの目が光っているように見える。



(……心配性だなぁ。でもまぁ、仕方ないか)
渋々、防災バッグを開けた瞬間。
……カラリ、と乾いた音。



な、ない……? 缶詰が、ない……!
中はスカスカ。あるはずの非常食が跡形もなく消えていた。



カピー! 缶詰が減ってるんだけど!?
振り向くと、妻がにやりと笑う。



美味しかったから……食べちゃった



食べちゃったぁ!? 非常食だぞ!?



非常に美味しかったから、非常食



やめろ! 言葉遊びが一番ホラーなんだよ!
再び袋を探ると、カロリーメイトが出てきた。
賞味期限は去年。



うわっ、期限切れてんじゃん!



……まだ食べられるよ



いやいや、やめろ、その目は完全にホラー映画のやつ!



食べれば……一緒に……非常の世界に行ける



どこに連れて行く気だよ!
数日後。夜中に台所から物音。
「ガサガサ……」
恐る恐る覗くと、カピーが真剣な顔で缶詰を開けていた。



ちょっと! また非常食食べてんの!?



……計画性? そんなもの必要ない。私の計画は“今食べたい”



ホラーの犯人の宣言みたいに言うな!
極めつけは旅行の計画。



ねぇレッサー、旅行に行こうよ



お、いいな! どこ行く?



……行き当たりばったり



うわっ、ホラー映画の死亡フラグ!



道に迷って……森に入って……そこで非常食を食べるの



完全にサバイバルホラーのシナリオだろ!
でも、不思議なことに。
カピーの大雑把さと食欲に振り回されるたび、怖さと一緒に笑いが込み上げてくる。



なぁカピー



なに?



俺たち、夫婦漫才じゃなくて……ホラー漫才目指す?



いいね。タイトルは“非常食の館”



めちゃくちゃB級映画っぽい!



観客はみんな非常に笑って、非常に震える



……お前のダジャレが一番ホラーだよ!
暗闇に、二人の笑い声が響く。
――非常食が尽きるその日まで。
恐ろしいほど食い意地が張っている妻の行動


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