
電車で距離感近い人ただただ気持ち悪い・・・と思っていたが
夕飯を食べながら、レッサーが真顔で言った。
レッサー今日の電車、すげぇ人いた
まただ。彼はもはや日常の観察日記がライフワークになっている。



どんな人?



距離感バグってた。電車で前に立たれる感じ、めちゃくちゃ近いのよ



え、痴漢?



違う違う、ヒョウ柄のパンツ履いた女性



強キャラ確定ね
レッサーは眉間にしわを寄せた。



最初は“電車で近い女”だなと思ったんだけど、どうやら違う。
やたらくっついてくる感じなんだ。
で、俺の前の“隙間”にズズッと入ってきたんだよ



え、電車で隙間に入ってくる人!? あれ都市伝説じゃなかったの?



現実にいたんだよ……しかも自然体で



で、そのあとどうなったの?



たまたま乗った電車でさ、そいつ、座った瞬間に化粧ポーチ出して、
窓を鏡代わりにメイク始めたんだ



え、満員の中で!?



そう。チーク、アイライン、リップまで全部。しかも動じない
カピーは味噌汁をすする。



それはもう、悟りの境地ね



悟り?



だって、“自分しか見えてない”って最強じゃない?
他人にどう思われようが関係ないんだもん
レッサーは苦い顔でうなずく。



でもマナーってもんがあるだろ



その“マナー”が誰のためのものか、考えたことある?



え?



“みんな不快にならないように”って言うけど、
ほんとは“自分が不快になりたくない”だけなのよ



……うっ
図星を刺され、レッサーが箸を止めた。 カピーは淡々と続ける。



距離感バグ女ってさ、もしかして、
“他人の存在を気にしすぎる私たち”が勝手に怖がってるだけなんじゃない?



でも、電車で化粧は非常識だろ



非常識かもしれないけど、“幸せ”ではあるかも



え?



だって、気づいてないんだもん。
他人の視線にも、他人の評価にも。
もしかしたら、今いちばん“自由”な人種よ
レッサーはため息をつく。



……そういう生き方、俺には無理だな



でしょうね。あなた、吊り革触る前にアルコールシート出すタイプだもん



衛生管理だよ!



違う、“社会的距離感”の話
カピーは笑いながら茶碗を片付けた。



でもさ、たまたま乗ったその電車で見た彼女も、
もしかしたら“バグってる”んじゃなくて、
“社会のバグ”を先に抜けたのかもね



どういうこと?



全員がスマホの中で生きてるこの時代に、
彼女だけ、ちゃんと“現実”で自分を整えてたんだよ
レッサーはぽかんとしたあと、
「……それ、ちょっと怖い理屈だな」と苦笑した。
カピーは肩をすくめて言う。



怖いのは、他人を“非常識”と決めて安心することじゃない?
静かな時間が流れる。
テレビのニュースが“マナー違反の若者”を報じている。 レッサーはそれを見ながら、
ぼそっと呟いた。



……俺も、距離感バグってみようかな



まずは?



電車でおにぎり食べてみる



あなたはすぐ炎上するタイプね
アパートの住人が変だった話




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