
このやり取り、何度も見てきた。
ダメって言ったでしょう
その声を聞いた瞬間、空気が変わる。
子ども「……ごめんなさい」
母親「何がダメかわかってる?」
子ども「……」
母親「聞いてるの?」
泣き声が大きくなる。
周りは、見ていないふりをする。 ——ああ、これだ。
私は心の中でつぶやく。
このやり取り、何度も見てきた。
母親「もう一回言ってみろ」
子ども「……えっと……」
母親「はっきり言いなさい!」
その瞬間、教育じゃなくなる。
対話じゃなく、力関係になる。
隣でレッサー(旦那)が、小さく息を吸った。
私にはわかる。
今、過去を引きずり出されている。
レッサー……うちも、こんなんやった



やっぱり



怒る前に、もう怒ってた
母親の機嫌が、その日のルール。
正解は毎日変わる。
子どもは学ぶ。
「何をしたら正しいか」じゃない。
「どうしたら怒られないか」。
母親「私はこうやって育てられたから」
——はい、出た。



それ、免罪符じゃない。
説明でもない。
ただの再生ボタン。



俺さ



うん



正直、今でも人の顔色見る



知ってる



怒らせたくなくて、先回りする



それ、優しさじゃないよ



……生き残り方やんな
そう。
それは性格じゃない。
環境への適応だ。
母親「親なんだから、言うこと聞かせないと」



支配と教育は、似てるけど違う。
子ども「……」
母親「なんで黙ってるの!」
——黙るのは、
黙ったほうが安全だと知っているからだ。



俺、同じにはしたくない



うん



怒る日があってもいい



うん



でも、怖がらせるのは違う
その言葉に、私は救われる。
育児書を読むこと。
学ぶこと。
考え直すこと。
それは「自信がない親」の行動じゃない。
「責任を持とうとする親」の行動だ。



完璧じゃなくていい



考えるのをやめなければいい
恐怖で従わせるか。
安心で信じてもらうか。
社会は、
家庭の中で静かに作られている。
今日もどこかで、
同じ言葉が繰り返されている。
だからこそ、
止めたい。
繰り返さないと、決めたい。
それは小さな家庭の話で、
同時に、とても社会的な話だと思う。
妻の人生も結構ハードモード【いつかこの恋を思いだしてきっと泣いてしまう】に似ている




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