
「少し遅いのかな」
つーちゃんがハイハイをしないことを、妻は誰にも大げさには言わなかった。
ただ、夜になるとスマホを見ながら、小さく息を吐いた。
カピー少し遅いのかな
その声は、娘に向けたものではなく、自分に向けた問いのようだった。
旦那は



大丈夫や
と答えた。
けれど、その言葉に確かな根拠があったわけではない。
初めて親になった二人には、分からないことの方が多かった。できることが増えるたびに喜び、少しでも周りと違うように見えれば、胸の奥がざわついた。
やがてつーちゃんは、つかまり立ちをし、歩き始めた。
その姿を見た瞬間、妻は笑った。ほっとしたような、泣きそうな笑顔だった。



ちゃんと、自分の順番があったんだね
旦那はうなずいた。



最初から、つーちゃんのペースやったんやろな
それでも妻は、保健師に相談した。
返ってきたのは、必要な確認事項と、一般的な説明だった。
間違った言葉ではなかったのだろう。ただ、妻の不安に触れる前に、答えだけが置かれていくように感じた。
帰り道、妻はいつも通りだった。



聞けてよかったよ
と言い、娘の手を握った。
けれど旦那には分かった。妻は平気なふりをしている。
心配した自分を責めないように、言葉を飲み込んでいる。



俺、あの言い方嫌やった
妻は少し驚いて、旦那を見た。



仕方ないよ。仕事なんだから



それでもや。心配して聞いた人に、怖くなる言い方せんでもええ
妻は黙った。
旦那は続けた。



お前が気にしてない言うても、俺は気にする。つーちゃんのことも、お前のことも
その夜、二人は育児経験者の投稿を読んだ。
「うちも遅かったです。でも今は元気です」
「心配になりますよね。私も同じでした」
短い言葉ばかりだった。医学的な説明ではない。
けれど、同じ不安を通った人の声には、冷えた心を少し温める力があった。
妻は画面を見つめたまま言った。



こういう言葉が欲しかったのかも
旦那は静かに答えた。



正しいことだけやなくて、分かるよって言葉やな
つーちゃんは二人の間で、まだ不安定な足取りを見せていた。転んでは笑い、また立ち上がる。その姿は、誰かと比べるためのものではなかった。
妻が娘を抱き上げると、旦那はその背中に手を添えた。



大丈夫
妻は小さく笑った。



誰に言ってるの?



つーちゃんにも。お前にも。俺にも
家族になったばかりの二人は、答えのない不安を抱えながら、それでも同じ方向を見ていた。
つーちゃんの歩幅は小さい。
けれど、その一歩ごとに、夫婦の距離も少しずつ近づいていった。
子育ての悩みは尽きない
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旦那 不安


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