
「もしもし、妊婦タクシーですか?」
「はいはい」
妊娠中のある日、病院でもらった冊子をペラペラめくっていたら、やたら親切そうな文字が目に入った。
――「妊婦タクシー」
ほう。これは心強い。文明の勝利である。
その数日後、見事に文明を試す日が来た。
体調がすこぶる悪い。頭は重いし、腰はバキバキ、立つだけで「うっ」と声が出る。
よし、ここで妊婦タクシーだ。冊子に書いてあった連絡先に電話する。
カピーもしもし、妊婦タクシーですか?
はいはい
……はいはい??
すでに一抹の不安。
事情を説明すると、返ってきたのは衝撃の一言。
予約してないと無理ですね〜
一瞬、頭の中でいろんな感情が渋滞した。
「妊婦」
「急な体調不良」
「予約」
この三つ、どう考えても仲良く共存できない。
心の中の私が叫ぶ。
妊婦って、体調が“突然”悪くなる生き物なんですけど!?
今日元気でも、5分後に具合悪くなる生き物なんですけど!?
未来予知できたら妊婦じゃなくて預言者だわ。 しかも対応が妙に軽い。
今日はもういっぱいなんで〜
語尾に波線ついてる。完全に。
ブチギレ寸前で、喉まで言葉が出かかった。



はぁ~? 妊婦って急に具合悪くなるんだよ!?
いちいち予約なんて取れるかよ!!
でも、言わなかった。
なぜなら私はおっとり系の妻、カピーだから。 代わりに心の中で言った。



予約必要なら“妊婦タクシー”って名乗るな。
“計画的妊婦専用タクシー”に改名しろ。
電話を切ったあと、深いため息。
結局、普通のタクシーを呼ぶことになった。
文明、敗北。
あとから冷静になって思う。
妊婦タクシーが悪いんじゃない。
たぶんシステム上、そうなんだろう。
でもね。
期待させるな。
冊子にドーンと載せるな。
「いざという時に」みたいな顔をするな。
あの瞬間、私は悟った。
妊娠中に本当に頼れるのは、
自分の忍耐力と、
タクシーアプリと、
「まあいっか」の精神だけだ。
そして今日も私は思う。
次に妊婦タクシーを名乗るなら、
せめてこう書いてほしい。
※妊婦ですが、予約できるほど元気な方向け
それなら、誰も傷つかない。



……いや、やっぱり傷つくか。
安定期を超えた頃、4ヶ月入院を言い渡された。




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